下田の山の中にある、石窯パン「森のおくりもの」。
定年退職されたミツオさんとイツミさん二人の週末だけのパン屋さん。僕が森のおくりもの、そしてお二人に出会ったのは2007年5月。見ず知らずの旅人の戯言のような夢を真摯に耳を傾けてくれて、出し惜しみなしにいろんなアドバイスをしてくれた。去年「森のおくりもの」に出会ったことで、自分のイメージと情熱がさらに深まったのだ。
愛知と下田、徳島と下田いずれにしても遠く離れてはいるが、ずっと親切にしてもらってきた。石窯の作り方を教えてくださったり、参考になる書籍を郵送してくれたりと、至れり尽くせり。電話や手紙などの付き合いではあったが、出会ってから一年間はずっと、親子のように本当によくしてもらっている。 今回はその「伊豆のお父さんお母さん」の住む下田の森への里帰りのような、優しく心安らぐ再会だった。
お二人はもともとパン屋さんだったわけではない。ミツオさんの定年退職まではきっちり仕事を全うされた。お勤めの頃から、今の土地を購入し、毎週、週末だけの田舎通いが続き、「石窯をつくりたい」という熱い気持ちでスタートされた。そして週末に自分たちで食べる程度のパンを退職まで趣味で焼いていたらしい。
料理は作った人の個性や癖がはっきりあらわれるものではあるが、パンはそれが特に顕著であるというのが、全国のパン屋さんを食べ歩く旅をしてきた僕の私見である。お二人のパンは特にそれがわかる。優しくて、素朴で、ていねいなパンは、口にすると心が安らいで、ついつい微笑んでしまう。レーズンの自家製天然酵母は掛け継ぎのものではなく、毎回新しくおこしたフレッシュなものを使われている。そしてもちろん石窯で温度に気を配り、ていねいに焼き上げる。お二人のパンは本当に美味しく、そしてお二人のように、可愛い。ドーム型の手作り石窯が可愛いのも、お二人に似たからだろう。
パンが美味しいだけでないのが「森のおくりもの」。雑木の森の中にある誰もがくつろげるお店なのだ。ミツオさんご自慢の東屋に座り、鳥のさえずりに耳をすましていると、本当に気持ちがいい。
石窯を暖めるところから、焼き上げるまでの全ての作業を四人で行った。作業もちょっとしたアイディアも全てが勉強になったのだが、何よりもお二人の姿勢や気持ちの方が、人として生きる上での大事な勉強になった。お二人のありのままの姿やペース、そして無理のない自然なあたたかさに、涙ぐみそうになるほど、僕らは包まれていた。お二人の生き方こそが、美味しいパンに一番必要なものだと僕はいつも思う。
どんな些細なことも丁寧に教えてくださり、僕らの未来に役立てる勉強をさせていただいたが、何よりも四人で楽しくパンを焼くこと自体が嬉しくて仕方なかった。石窯の暖まり方も、パンの発酵具合も、焼き上がり具合も全て四人で一緒に味わえたことが何よりも素敵な想い出となった。そして商品にはない、干し柿パンやチョコ胡桃パンなどを四人で相談しながら試してみるのも楽しかった。作業の合間には、楽しくおしゃべりをして、そして焼きたてのパンを気持ちいい東屋で美味しくいただいた。「美味しい!美味しい!」と幸せな溜息がとまらなかった。
森のおくりもの、ミツオさんとイツミさんと一緒にパンを焼くことが僕らの伊豆旅の最後の日程だった。パンを焼き、あっという間にお別れの時がきた。この旅でパン作り、店作りのノウハウ以上の大切なお土産をもたせていただいだ。お二人がいるからこそ、僕らはパン屋カフェ開店への道を歩いていこう。僕らのパン屋開店が、伊豆のお父さんお母さんへの一番の親孝行であると思うからこそ、僕らはこれからも夢を持ち続けてゆけるのだと思う。ありがとうございます。